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PXPが開発する「曲がる太陽電池」はEVをどう変えるのか?
公開日:2024/03/14更新日:2024/03/14
会社設立は2020年、長年再生可能エネルギーの研究開発・生産に携わってきたメンバーが集結し、「いつでも・どこでも・だれでも自由に使えるクリーンエネルギー」の開発を行っている。力を入れるのは、独自に開発した曲がる太陽電池。さらに並行して「ペロブスカイト」「カルコパイライト」という2種類の素材を用いたタンデム構造の次世代太陽電池の開発も進めている。
設立からわずか3年で「曲がる太陽電池」を発表。さらに次世代技術「タンデム太陽電池」の開発も進める。曲がる太陽電池や実証実験車を車の先端技術展「オートモーティブワールド」に出展し、来場者からの反応は上々だという。最高技術責任者の杉本広紀氏に、起業から製造ライン立ち上げまでの日々を振り返ってもらいながら、今後EVが社会に普及するポイントを伺った。
目次
軽くて曲がる、割れない太陽電池
PXPが開発を進める曲がる太陽電池(※画像はPXPプレスリリースより)
PXPが開発・生産を進めているのは「軽くて曲がる、割れないソーラーパネル」だ。太陽電池には材料・構造・性能などの違いにより多様な種類が存在する。厚みで分類すると、セルと呼ばれる発電素子の厚さが50~300μm(マイクロメートル:1μmは1000分の1mm)の「結晶シリコン太陽電池」と数μmの「薄膜太陽電池」に分かれる。現在の主流は結晶シリコン太陽電池。PXPが開発を進めるのは薄膜太陽電池だ。太陽電池の最小単位は「セル」と呼ばれる1枚のシート。これを複数枚貼り合わせフィルムなどの保護剤で覆えば、太陽電池パネルができあがる。
従来の太陽電池は曲がりにくく割れやすいため、カバーガラスで覆う必要があった。そのため車に太陽電池を設置する場合には、ルーフの上を厚さ5mmほどの強化ガラスで覆い、ガラスルーフにする必要がある。シリコン製でも車載用太陽電池を、軽く・薄く作ることは可能だが、柔軟性に欠け、割れやすいという欠点は克服できない。強化ガラスを上に載せるのでは、薄く作ってもメリットを活かせないのである。また、カバーガラスで覆うと積載重量が重くなる、車体費用も高くなるというデメリットもある。
PXPの最高技術責任者である杉本広紀氏は、学生時代から太陽電池の開発に携わってきた。「私自身、車での実証実験の経験がありまして、カバーガラスを使わなくてもよい太陽電池を作れないか、と考えたんです。」発想はさらに広がった。軽く・割れない太陽電池を、自由に貼れれば、車載太陽電池の利便性はより高まるはずだ。しかし現在国内では、太陽電池製造企業は減少の一途を辿っており、開発環境の確保は難しい状況だ。そこで考えたのが会社の設立だ。
新会社を設立し、新たな技術を開発
2020年7月杉本氏は、前代表取締役社長の故亀田繁明氏、後任の栗谷川 悟氏と共に共同創業者として、株式会社PXPを立ち上げた。初年度は会社の登記や準備であっという間に時間が過ぎた。開発に着手したのは2021年1月。まずは、これまでの経験や市場の動向などから「曲がる太陽電池」にニーズがあると仮定し開発を進めた。
PXP最高技術責任者の杉本広紀 氏
太陽電池はガラスなどベース面の上に、太陽光を電気に変換する性質を持つ素材を重ねセルを作り上げる。素材の積層には特殊な機器が必要だ。しかし、スタートアップ企業に潤沢な予算はない。東京工業大学など外部とも連携し試行錯誤を繰り返した。太陽電池膜の積層が必要になるたびに、世田谷区にある大学の研究施設まで、何度も足を運んだという。
一般的な太陽電池はベース面にガラスを使用することが多い。セル同士は通電性を考慮し、導線を用いてはんだ付けで配線するのが一般的で、ベース層がガラスであることも相まって柔軟性は乏しい。一方、PXPの曲がる太陽電池は、金属箔をベースにしているため柔軟性に富む。さらに貼り合わせの新技術を開発したことで、はんだ付けも不要。自由に貼ってつなげることも可能で、平面以外の立体物にも設置できる。
研究開始から2年を過ぎた2022年12月、待望の曲がる太陽電池「フレキシブルソーラーパネル」が完成した。発電層の素材には、性能・耐久性どちらも定評がある「カルコパイライト」を使用。太陽光のエネルギー変換効率(光電変換効率)は18%と、既存の製品に劣らない性能を達成した。
立体物への設置も可能な、曲がる太陽電池セル(※画像はPXPプレスリリースより)
曲がる太陽電池、展示会で初披露
太陽電池セル(左側)、セルをつなげた太陽電池パネル(右側)
「曲がる太陽電池」の市場ニーズをつかむため、2023年1月、PXPはクルマの先端技術展、第15回オートモーティブワールドへ出展した。展示したのは太陽電池セルと、セルをつなげ作成した太陽電池パネルだ。
曲がる太陽電池初のお披露目となる出展は、多くの企業から注目を集めた。展示すると聞き、「車とは関係ないメーカーですが、曲がる太陽電池を展示すると聞いて来ました。」と遠方から訪れた来場者もいた。PXPのブースを訪れた企業は、合計数百社以上にも及んだ。車メーカーの方は2割程、ほかは各種の乗り物やアウトドア家電に関するメーカーも多かった。
展示会への出展は大きな刺激となった。杉本氏は多くの来場者と話す中で、太陽電池へのニーズの高さや可能性を感じた。「生活のさまざまなシーンで電化が進んでいます。展示会では私共が想像もしていなかった活用方法を来場者の方々からお聞きすることができ、開発への意欲が倍増しました。」
第16回オートモーティブワールド、出展ブースの様子、一見してソーラーカーには見えない。 (画像はPXPより提供)
EV×曲がる太陽電池の実証車を製作
1年後の2024年1月、PXPは第16回オートモーティブワールドに再び出展を果たす。2度目となる今回出展したのは、太陽電池の実証実験を行うために製作した「実証車」だ。ベースとなった車体は三菱自動車の軽EVアイミーブ。ルーフ部分の曲面を最大限活用し、コンパクトな車体に2㎡の太陽電池セルを敷き詰めた。市販の普通自動車にメーカーがオプションで取り付ける太陽電池は1㎡ほどだ。この実証車の積載面積がどれだけ凄いのかがよくわかる。
太陽電池セルは屋根の形状に合わせ、ルーフの端ギリギリまで貼り付けた。セル同士の貼り合わせはすべて手作業。屋根への接着方法の開発やカバーフィルムなどの部材選定等も含め、着工から完成までは半年の時間を要した。電圧を変換するコンバーター装置を取り付け、実証車ができあがったのは展示会の前日だったという。太陽電池で動くソーラーカーを作り上げるのは、昔からの夢だったという杉本氏。太陽電池セルの貼り付けでは、綺麗な仕上がりにこだわり、表面が波打たないように細心の注意を払った。
オートモーティブワールド展示は屋内。実走行などのデモンストレーションなども行わなかった。にも拘わらずブース来場者からの評判は高かった。「今まで見た中で、一番綺麗なソーラーカーですね。」杉本氏は来場者からのこの一言が忘れられないという。
杉本氏が展示会で体験した忘れられないエピソードがもう一つある。それは、来場者が突然クレームをつけ始めた時のことだ。当時のことを杉本氏は振り返る。「ソーラーカーと展示しているが、ソーラーセルが設置していないじゃないか!、とお叱りの言葉をいただきました」。すぐに不満の理由を理解した杉本氏、実証車を前に丁寧に説明をしたところ「なるほど、言われなきゃわからないね。」納得してくれたという。
PXPの太陽電池には、実は他社の太陽電池にない特徴がもう一つある。セルやパネルの表面に銀色や白の電極が見当たらないのだ。PXPだけの独自技術である。それに加えてルーフの端ぎりぎりまで貼ったことで、太陽電池が車体と一体化してソーラーカーには見えなかったのではないか、と杉本氏は分析する。実際、ソーラーカーと気づかない来場者も数多く見かけたという。この展示会で、杉本氏やPXPのメンバーは自社の取り組みに新たな自信を得た。
目標は世界最高の太陽電池開発
展示会終了後、実証車は日々公道での実証実験を重ねている。雪や雨、夏日、気温の高低の変化など、毎日行う実証走行は貴重なデータ収集の場となっている。目下、杉本氏の一番の関心事は、実証車の洗車機への対応だという。展示会に来場した車メーカーの担当者から「洗車機は使えるの?」という質問が寄せられたためだ。
車は優しく手洗いするユーザーばかりではない。特に商用車などでは、洗車機の利用も考えられる。洗車機を通しても、太陽光パネルはダメージを負わないのか。問題なく発電品質が保てるのか。調べる必要を痛感した。「まずは気温変化のデータを調べた後、太陽電池パネルの上に市販の保護フィルムを貼り付けるなど、一つひとつ試していきます」。
タンデム構造の概念図(※画像はPXPプレスリリースより)
曲がる太陽電池の生産とともに、PXPが現在開発を進めているのがタンデム構造の太陽電池だ。タンデム構造とは、分光感度の異なる複数の太陽電池を重ねて用いる技術。幅広い波長の光を無駄なく変換できる。
PXPではタンデム太陽電池の中でも最も理論変換効率が高い「ペロブスカイト」「カルコパイライト」の組み合わせにチャレンジ。2023年11月には、この2つの素材を使用した曲がる太陽電池では、世界初となる光電変換効率23.6%を達成した。さらにタンデム太陽電池に蓄電池を一体化する理論を記した論文は、ドバイで開かれた国際会議で最優秀論文賞を受賞し、高い評価を受けている。理論上の変換効率は45%に及ぶという。杉本氏は世界最高の太陽電池製造を視野に入れている。
EV普及の鍵は何か
日々、実証実験を続けながら、杉本氏は今後のEV普及のイメージを描いている。EV普及の鍵となるのは、航続距離とランニングコストだ。
「国土交通省の調査によると、日常的に車を運転するドライバーのうち、1日の移動距離が20km未満のドライバーは約5割にも及ぶそうです。40km未満まで広げると、8割のドライバーが該当します。つまり、これだけの距離を太陽電池だけでカバーできれば、EV導入のハードルはぐっと下がるんです。」
PXPが製作した実証車は、2平方メートルの太陽電池搭載で、360W(1.3kWh)の発電が可能だ。1日の走行距離は16kmを想定している。PXPの太陽電池は熱や振動にも強い特徴がある。またセダンやミニバンなど、表面積の大きな車に取り付ければ、より多くの発電が期待できるのだ。
また、コスト的に見ると、今の車載用太陽電池パネルはパフォーマンスがいいとは言えない。オプションで30万円ほどの設備投資を1㎡ほどの太陽電池で燃料費して回収するには、おそらく20年、30年は必要だ。高コストの原因は、車載太陽電池の面積が小さいこと、そして専用のカバーガラスが必要なためだ。PXPでは、20~30kmをソーラーの力だけで走行でき、コストを5年で回収できる車載太陽電池をめざしている。
「今後、太陽電池の性能がさらに上がれば、航続距離は30km、40kmと伸びるでしょう。8割のドライバーの移動をカバーできることになります。大量生産できれば価格も下がります。そうなれば、普及が一気に進むのではないでしょうか。」
日本発のスタートアップ企業、世界をめざす
量産技術検証のためのパイロットライン(※画像はPXPプレスリリースより)
2024年1月、PXPは太陽電池の量産をめざし、技術検証のためのパイロットラインを稼働させた。製造プロセスを1から見直し独自の製造工程を開発。生産速度は従来工程の5倍以上に伸びた。最初に取り組むのは、カルコパイライトを使用した曲がる太陽電池の量産だ。2024年度前半で光電変換効率18%の太陽電池セル数千枚のサンプル作りをめざす。
「軽い・曲がる・割れない」他社にない強みを持つPXPの太陽電池は、今後市場の拡大が見込まれるEVへの活用を見据えている。2度の展示会で、曲がる太陽電池の市場ニーズに触れた杉本氏。2024年度の後半からはパイロットラインで作り上げたセルをサンプルとして、自動車関連企業をはじめさまざまな企業に活用方法を提案していく予定だ。PXPという社名は、不死鳥(Phoenix)と太陽光(Photovoltaic)に由来するという。日本発のスタートアップ企業として、不死鳥のように世界に羽ばたいてもらいたい。
TEXT&PHOTO:石原 健児(Kenji Ishihara)
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